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令和1年度共同研究成果要旨
口腔内病原性細菌のプロトン輸送ATPaseを標的とした創薬アプローチ
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生物薬学講座 機能生化学分野
關谷 瑞樹
生物薬学講座 機能生化学分野
中西 真弓
生物薬学講座 機能生化学分野
後藤 奈緒美
微生物学講座 分子微生物学分野
佐々木 実
■研究成果要旨
S. mutans や S. anginosusなどの口腔内病原性細菌の感染は、齲蝕や歯肉膿瘍などの局所の感染症を引き起こすだけでなく、近年心内膜炎や食道がんのような全身性の疾患の発症にも関与することが指摘されている。同菌は歯垢や上部消化器の酸性環境で生存・増殖するために高い耐酸性を有するが、詳細な分子機構は解明されていない。これらの細菌では酸性環境において F 型プロトン輸送 ATPase(F-ATPase)の発現量が増加していることが明らかになった。そこで、本研究では、S. mutans、S. anginosus の耐酸性に F-ATPase が寄与していると考え、同酵素の遺伝子変異・欠損株を作製し、耐酸性への影響を検討した。
S. mutans、S. anginosus において F-ATPase の触媒中心を担っているβサブユニットの変異・欠損株を作製し、野生株と増殖速度を比較した。中性(pH7.4)の培地では野生株とF-ATPase変異・欠損株の増殖に大きな差は見られなかったが、酢酸により pH を 5.3 に低下させた培地では変異・欠損株の増殖速度が顕著に低下した。さらに、低 pH 条件下における菌の生存率を検討したところ、野生株はpH4.3付近まで生存するのに対し、変異・欠損株は同じ pH での生存率が大きく減少した。一方、中性の培地での生存率には差が見られなかった。加えて、F-ATPase 阻害剤であるデメトキシクルクミンも、低 pH の条件下で選択的に S. mutans、S. anginosus の増殖・生存率を低下させた。以上の結果から、これらの細菌において F-ATPase は、プロトンを細胞外へ排出することにより、耐酸性の発現に重要な役割を果たしていることが示唆された。同酵素は、S. mutans、S. anginosus に起因する疾患の予防・治療薬の標的分子になり得ると考えられる。
■研究発表(学会)
- 關谷瑞樹、村松美音、山口友聖、下山佑、石河太知、古玉芳豊、佐々木実、中西(松井)真弓. 口腔レンサ球菌 Streptococcus anginosus のプロトン輸送 ATPase による耐酸性発現メカニズム. 日本薬学会第142年会、2022年3月、オンライン
- 關谷瑞樹、山口友聖、村松美音、高坂未星、村上幸汰、下山佑、石河太知、古玉芳豊、河野貴久子、矢野志緒、佐々木実、中西(松井)真弓. Streptococcus anginosus F型プロトン輸送 ATPase の酸性環境における役割. 第94回日本生化学会大会、2021年11月、オンライン
- 關谷瑞樹、村上幸汰、高坂未星、松元奈緒美、下山佑、石河太知、河野喜久子、矢野志緒、佐々木実、中西(松井)真弓. アンギノーサスレンサ球菌の酸性環境におけるプロトン輸送ATPaseの役割. 日本薬学会第140年会、2020年3月、オンライン
- 關谷瑞樹、高坂未星、矢野志緒、河野喜久子、佐々木実、中西(松井)真弓. Streptococcus anginosus の酸性環境におけるプロトン輸送ATPaseの役割. 第92回日本生化学会大会、2019年9月、横浜
■研究発表(論文)
- Sekiya M. Proton pumping ATPases: rotational catalysis, physiological roles in oral pathogenic bacteria, and inhibitors:Biological and Pharmaceutical Bulletin (2022) 45, 1404-1411
令和5年度個人研究概要
メチル化短鎖二本鎖ヌクレオチド(デコイ)の有用性の確立
微生物学講座 分子微生物学分野 三浦 利貴
生体内における遺伝子発現は、恒常的な発現の他に生体内外の物質により誘導されるものもある。近年、この遺伝子発現誘導の応答性には個人差があることが明らかとなってきた。この個人差の背景にはDNAメチル化をはじめとするエピジェネティクスが関与している可能性が示唆されているが、その詳細な機序は明らかとなっていない。
本研究では、短鎖二本鎖DNAを囮(デコイ)として細胞内に導入する手法を応用した新規解析方法の確立を試みる。デコイは標的転写因子の認識配列と相同配列を有する短鎖二本鎖DNAであり、細胞内で標的因子を捕捉することで従来の遺伝子発現へ影響を及ぼすものである。本研究では、このデコイ中の塩基配列上にDNAメチル化を修飾することにより、転写因子との親和性の変化とそれによる遺伝子発現誘導の応答性の変化を解析する。従来のDNA脱メチル化剤を用いた解析手法では、非特異的な脱メチル化効果により下流の遺伝子発現に影響を及ぼすピンポイントな解析が困難であった。今回用いるメチル化デコイは、転写調節因子の認識配列と相同配列を有しており、より特異的にDNAメチル化の影響を解析することができるツールとなることが期待される。
同時に、デコイは近年、核酸医薬品として注目が高まっている。例えば、NF-kBを捕捉するデコイは、その下流のシグナルを抑制することで炎症などを抑制し、アトピー性皮膚炎や椎間板変性症などの新規治療薬としての開発がすすめられている。メチル化DNAを認識する転写因子の中には、がんの悪性化に寄与するものも存在する。今回用いるメチル化デコイがこれらを特異的に認識することが可能となれば、がん抑制の新規核酸医薬品となる可能性が期待される。